SS 妖精さん



 ああ眠い。もうダメだ、意識が遠くなってきた。





 しかし待て。いま眠るわけにはいかない。いくら親切な印刷所でも、待ってくれるのは明日まで。なんとか今日中に原稿を仕上げなければ。
 だが眠い。ああ眠い。
 このままでは、次の即売会に、間に合わない……。

 早く来てくれ。妖精さん。



 俺は漫画家。それもこの十年、帝王として君臨し続ける、超超超売れっ子作家である。同人界でも商業界でも、萌え産業の王として君臨している。

 人気の秘訣は、やはり、絵の美しさにある。

 俺はなんといっても、画力に抜群の定評があるのだ。
 表紙は一瞬目にとまるだけで必ず記憶に残るほど煌びやか。内容は言うまでもなく、その生き生きとしたキャラクターの描かれ方は、それこそジャンプだマガジンだでも通用するとネットで評判である。
 実際、俺自身もそういわれるだけの自信はある。

 そう、俺自身の目から見て、俺の作品は最高だ。
 俺のPNで出ている絵は。



 ああ、それにしても眠い。眠すぎる。視界がぼやけてきた。
 けど今回は落とすわけには行かない。ストロングワールドがあれだけ受けたからな。次の即売会では確実に、ナミの需要が来る。さらには消失効果で長門の最需要も大きくなるはず。この2キャラを主題にした2作短編。俺の画力を持ってして描けば、絶対に売れるはずだ。

 もう三日も寝ていないので、手先が震える。とても何かに集中できる状態ではない。さっきから原稿用紙に向かっているのに、筆はまったく進んでいなかった。

 しかし問題はない。これらは、俺のマンガに必要な、儀式のうちなのだ。


「う……」
 ぼやけた視界の隅に、なにか動くものが見えた。
 来た、来てくれた。

『ソレ』は俺からペンを奪い、原稿に走らせ始めた。
 美しく、かつ官能的なタッチである。ペン入れまで済ませていたキャラたちが、肉感的なラインで仕上げられていく。ナミの身体は、まるで生きているかのよう精緻に彩られ。隣では長門の顔が、お約束の無表情でありながらどこか溌剌とした愛くるしさに包まれた。
 萌えて、可愛くて、色っぽい。同人界最高を歌われる俺の絵だ。

 そう。
 大絶賛されるの煌びやかな俺の絵は、俺が描いてるんじゃない。
 彼らが描いたものなのである。



 最初に気付いたのはもう15年も前だ。
 あのときは当事の流行、セーラームーン本を出そうと奮闘し、しかしあまりの眠気に、意識を失いかけていた。
 そんなときだ。『ソレ』が現れたのは。
 何者かも分からないのだが、眠気が限界に達したとき現れて、原稿を仕上げてくれるのである。そしてその出来は、人間が表現できるものとは思えないほど完璧だった。見る人全てを惹きつけ、当事まだ無名だった俺なのに、飛ぶように売れるようになった。
 そう、俺は俺の絵で名声を得たのではない。俺の下書きをもとにした『ソレ』の絵で、いまの地位を確立したのである。
 俺は『ソレ』を『妖精さん』と名づけた。

 妖精さんが手伝ってくれる条件は2つある。
 ひとつ。死ぬほど眠いこと。
 ふたつ。けれど寝ないこと。

 どうやら妖精さんは、俺が完全に眠ったら帰ってしまうらしい。それでこれまで、何度か原稿を落としたことがあった。
 だから俺は、この限界ぎりぎりと戦わなければならない。
 目が覚めてはダメ。寝てもダメ。眠いけど眠れない。この死ぬほど辛い一時を、なんとか踏ん張らなければならない。

 そう、妖精さんの力があれば、俺の本はどんどん売れるのだ。
 俺はいつまでも漫画界の王でいられる。毎回完売。大金持ち。名声もいつまでだってやむことがない。
 だから、寝るな。ああ寝ちゃダメだ。

 しかしである。俺はもうそんなにがんばらずとも、すでに十年もトップでいたのだ。今回くらい落としても、眠ってしまっても良いのではないか?
 妖精さんは手を休めて俺を見ている。俺が寝入ってしまうかどうか、見定めているようだ。

 こんなに眠いのだ。眠ってなにが悪い。
 ダメだ。待て。この1回を許したら、次だってまた絶対眠ってしまうぞ。
 そんなわけない。今回だけ。今回だけだ。
 耐えろ。がんばるんだ。
 もう無理だ。眠いんだ。
 ダメだ。
 眠い。
 ダメだ。
 眠い…………。














 目を覚ますと朝だった。
 当然原稿はほとんど出来上がっていない。それに長い夢を見ていたようだ。頭がぼーっとする。

 はぁ……。

 落としちゃったか。今回のセーラームーン本。




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