fc2ブログ

クリスマスSS 3



 これだからクリスマスは嫌だ……。




 小さいとはいえひとつの会社を預かる身として、年末は忙しい。
 とくに年明け一週間前、クリスマスのこの時期は。輸出品のチェックが詰ったり銀行に手形をお願いしたり。小さな小さな会社だけに、円高直撃でまさにきりきりまいだ。

 しかしぼくには、もっと大切な仕事がある。

 検品チェックは明日の分のノルマまで終わったし、手形の認可もおりた。
 人間やはり最後にたよれるのは同じ人だ。とくに正反対の業種との提携は困難だからこそ強く、好調な輸入関係の会社からいくつか融資を受けられた。とくにブランド品輸入で設けている大手、峰岸商事と懇意になれたのが大きい。
 昨今の絶望的な不況で危なかった我が社だが、なんとか今年はのりきったといえる。

 あとは今日だからこそ必要な、ぼくの仕事をこなすだけ。
 サンタさんになる。
 娘の父親として、一番大切なことをするだけだ。


            ☆             ☆

 なのに……ああ、だからクリスマスはいやだ。

『帰り、7時くらいになります』

 娘にメールする。
 ここから家まで45分かかるのに、もう5時半を過ぎている。帰るのは最高で7時だろう。残した用事が、30分で済めば。

 返事はなかった。
 きっと怒ってしまったんだろう。しかたない、いまごろ娘の作ってくれているだろうディナーは、ぼくが帰れると明言した6時に照準を合わせてるはず。1時間も遅れたらせっかくのご馳走が冷めてしまう。
 毎晩12時ちかくまで会社で、めったに顔も合わせない父親。久々に会えるはずが、また遅刻するのだ。娘が怒るのも無理ない。

 クリスマスを甘く見ていた。おもちゃ屋へいけば、子供用のプレゼントグッズが山のように積んであるものの。実際はそのほとんどに予約が入っている。そもそもおもちゃ屋自体、最近は少ないし。
 娘に頼まれたプレゼントは、どこに行っても手に入らなかった。

 まいった。これではサンタ失格、父親失格だ。
 やはり事前に予約しておくべきだったのか。しかしこんなにも見つからないものだとは思わなかった。これだからクリスマスは……。

 待て、待て。愚痴をいっても遅い。
 とにかくいますべきは、一刻も早く娘のプレゼントを入手し、家に帰ることである。


 駅前に来た。
 商店街にならぶ店のなかには、おもちゃ屋だけでなくギフトショップ、雑貨屋もある。
 どこかにはあるかもしれないと思い、すべての店を回った。
 しかし、ない。やはりない。
 もともと頼まれたのは、極めて特殊な品なのだ。ひょっとして事前注文しないと販売すらされないのかもしれない。



「……はぁ……ッ」
 駅前広場。交番の前で、深々とため息をついた。雪のちらつく空に、白い息が舞いあがっていく。
 どうする。もう6時を回っている。そろそろ帰らないと、約束の7時にすら間に合わない。
 幸い似たような品はどの店でもたくさんある。それでお茶をにごすか。

 しかし、普段からほとんど構ってやれない娘のこと。1年にたった1度のお願いくらい、なにがなんでも聞いてやりたい。
 どうする……。
 どうすれば……。


            ☆             ☆

 そのときだった。
 聖夜の奇跡とは本当にあるのか。ぼくの目の前を、求めていたプレゼントが通り過ぎたのだ。


「きみ、すまない」
 ぼくは思うより早く、青年に声をかけていた。
 もうこれしかない。
 きょとんとしている彼に、ぼくは財布をとりだし、中身をすべて手にあけた。

「それ……。売ってくれないか?」
「は?」
「そのDXリラックマ。娘がどうしても欲しがっているんだ」
 深々と頭をさげる。
 リラックマとかいうキャラクターの、非常に大きなぬいぐるみ。2万もして、どこのおもちゃ屋でも展示するばかりで売ってくれない。
 どうしてもと頼み込んだ。

「え……あ、いや。これは……」
 青年はしどろもどろになる。
「たのむ! いまここに――2万……8千、754円ある! 全部出すから売ってほしい! 頼む!」
 手に開けた財布の中身をすべて差し出した。

 彼は困った顔で反応に詰まっているようだった。
 だが同時に、迷っているようでもある。彼にはどうしてもそのぬいぐるみが必要ではないのだろう。
 ならば……。
「そうか。たりないよね元値で2万なんだから。……じゃあ」
 仕方ない。ポケットから、1つの封筒を取り出す。


 今日、従業員全員に支給した、ボーナスの袋である。
 今年はみんながんばってくれたから、不況とはいえ出来る限り減額したくなく、社長のぼくが自腹をきった。だからぼくにのこった分は非常に少ない。封筒はぺらぺらだ。
 しかし10万ある。決して安くはないはず。
「これは、ぼくの自由につかえる全財産だ」
 戸惑う彼にむりやり手渡した。
「頼む! 娘が待っている、もう時間がないんだ!」

 思いをこめてもう一度深く深く頭をさげる。
 青年は……やはり戸惑った様子ながら、やがて、
 ――ぎゅ
 と、封筒を握ってくれた。

「ありがとう! これで娘に申し開きが立つよ!」
 ぬいぐるみをもらう。
「え? あ、あの……」
「おっと、もういかないと!」
 時計を見ると、もう電車のでる時間である。急がないと7時に間に合わない。青年にもう一度礼をいい、走り出した。
 青年はぽかんとしたまま、ぼくのことを見送った。



 この時間なら特急に間に合う。7時に帰れる。
 念願のDXリラックマを手に入れたぼくは、聖夜の奇跡に感謝しつつ家路を急ごうとした。
 だが、



「おや。社長さんじゃないかね」
「…………」
 ……ぐ。
 失礼ながら、思わず唸ってしまいそうになった。

 構内に入ったところで声をかけられたのだ。
 最悪だった。正直、いま一番出会ってはいけない人と出会った。
「やぁ~、奇遇だねぇ。仕事はもういいのかね」
「は、はい。おかげさまで」
「そうかいそうかい。はっはっは」
 太鼓腹をゆらし、峰岸社長は豪快に笑った。


            ☆             ☆

 峰岸氏は決して悪いお方ではない。
 むしろ、現在わが社の生命線は、この方の温情により永らえているようなもの。いかにも日本男児の無骨な面構えで、顔つきどおりの、人情にあふれた人柄をしておられる。わが社にとっては足を向けて寝られない大人物といえよう。低調なわが社への、峰岸商事からの融資は、すべてこの方の独断で行っているようなものなのだから。
 しかし、ねっからのワンマン社長気質でもある。
 正直、ひとの都合を考えるという能力は、0といわざるを得ない。

「はっはっは。いや、本当にいいタイミングだった。まあ飲みなさい」
「は、はぁ。いただきます」
 そしてなにより酒が好きだ。
 偶然会ったというだけで、こちらの都合などまるで聞かず、近くのバーへ連れ込まれた。お洒落な店の雰囲気などどこ吹く風。大ジョッキでビールをぐびぐびあけていく。
 ぼくも付き合わないわけにはいかない。帰ったとき娘に匂いを悟らせない程度に、コップビールを軽くなめた。普段から酒を飲まないで通しているのがこんなとき役にたつとは。
「いやぁ、今日は社員がみな掴まらなくてねぇ。飲みに行く口実を作れず困っていたんだよ。はっはっ」
 さっそく酒が回ってきたらしい。氏は顔を赤くして、豪快に笑う。

 ……まいった。
 これでは逃げられそうにない。氏はお追従などを欲しがるタイプではないが、とにかく酒は毎日のみたがる。それも大人数で飲むのがお好みなのだ。
 当然、融資していただいている社の社長であるぼくには、氏の機嫌を損ねることなど出来ない。
 部下たちはクリスマスを口実に逃げたのだろう。そのしわ寄せが、会社のちがうぼくに来るとは、まったくひどい巡り会わせだ。

 時計を見た。すでに6時半。7時にはもう間に合わない。
 しかも、

「いや、この店のビールはうまいねぇ。外国のものなのかな」
「はぁ……、えっと、ドイツ製のようですね」
「そうなのか! ふーむ、やはりエビスもいいが、外国のビールは独特の風味があってよいねぇ。よし、今夜はがんがんいこう!」
「…………」

 氏はぼくの持つ娘への大きなプレゼントは見えていないくせに、ビールの種類には異常に聡い。酒好きの本能に火をつけたみたいだ。
 これは……。最悪のパターンかもしれないな。



 ……。
 …………。
 ………………。


 7時を過ぎて、氏は3年前に釣ったというカジキマグロの話に移っている。
 ちなみにこの話、これで39回目である。最後に写真をとろうとした専務がうしろに下がりすぎて海に落ちたというところで、氏はかならずつばを飛ばして大笑いするので、ぼくは軽く身を引いた。

 途中、これ見よがしに目の前で娘にメールを打ったが、氏はまるで気にした様子なかった。
 ちなみにメールは、
『もっと遅れるので、夕飯はおねえちゃんと食べていてください』
 という内容。
 予想通り、返事は返ってこず。

 しかし、7時半。
「それでねぇ。最近ねぇ。家内も娘も冷たいんだよ」
「はぁ」
「娘なんて今日は、パパとすごさず大学のみんなとパーティをやるというんだ。家内は賛成してテニスサークルの忘年会にいってしまうし。せっかくサンタの衣装も用意してたのに。」
 氏はテーブルにつっぷして、ちびちびと日本酒をすすり始めた。
 やっと半分か。生来泣き上戸である氏は、まず豪快にビールをかっくらうが。こうして陰気になるのが折り返し地点だ。ここからは日本酒やウイスキーをちびちびやりながら愚痴るのがいつものパターン。

「わたしの何がいけないんだろうねぇ。家内には好きなことをさせて、好きなものを買ってやっているのに」
「はぁ……」
 あえていうなら、奥さんの話をなにも聞いてやっていないのでは?
 もしくは、好きなことをやらせて好きなものを買ってあげるというのを、そこいらの仲良くなった女子高生にもしてあげているからでは?
 さすがにイライラきているぼくは、心のなかで毒づく。

 そのときだった。
 携帯が鳴ったのだ。メールを受信したようで、欄には娘の名前が。
 氏はテーブルに突っ伏したままで気付いていない。覗いてみて……。
 血の気が凍った。

『もうプレゼントいりません』

「…………」
「それでね、わたしの椅子なのに、犬が座っているんだよ」
「…………」
「わたしのネクタイを踏んでるんだよ。6つのとき娘からもらった大切なネクタイ」
「…………」
「……聞いとるかね?」
「はっ!? あ、はい。すいません」

 いやな汗が大量に出てきた。
 プレゼントをいらない?
 父親として死刑宣告ではないか。

 もう一刻の猶予もない。いますぐにでも帰らないと。
「それでねそれでね、パパのパンツは洗いたくないって……」
 でもダメだ。氏の話は終わりそうにない。というかここまでべろんべろんになったら、動きたいとすら思わないだろう。いつものパターンでは、日付がかわるまで付き合わされることになる。

 なんとかお暇する方法を考えないと。
 用事があると言ってしまうか? ダメだ、氏は聞いてくれない。
 仮病を使うか? ダメだ、氏はそういうところきっちりしている。病院に連れて行かれてしまう。

 なにか、氏の酔いを一発で醒まし、しかもこの店にいたくないと思わせるようなことは。

 なにか。
 なにか……。


            ☆             ☆



「ッッッッッッッッッッッッざけンなよテメーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」



 ッッ!?
 突如、すさまじい怒声が店内にこだました。

 ぼくはもちろん、店のなかにいる全員が驚き、怒声をあげた彼女を見る。
 若い男女だった。どちらも髪を染めピアスと化粧で着飾った、見るからにいまどきの若者といった風貌だ。
 少女が青年に怒り心頭の模様である。店内には若干の緊張が走るものの、そのまま暴れだすとか大声を出す様子はなく、店員があいだに入ることはなかった。
 二人はそのまま、ぼくたちの席には届かない程度の声でなにごとか話し始める。ざっと見て、男が女に叱られているようだ。

 カップルだろうか。若者には若者なりの事情があるのだろう。
 ぼくは気にしないことにした。どちらもまだ若く、わたしの一人目の娘と同い年くらいだ。人前で大声をだすのはよくないが、ときにはそんなこともあるだろう。すぐに静まったことだし、一瞬の非常識を責めるほどぼくも子供ではない。

 だが、事態を許容できぬ人物がいた。
「……あー、と、だね。……店、出ようか」
 峰岸氏である。

 どうしたことか。氏の顔は、これまで一時間以上かけて溜め込んだアルコールをすべて忘れたよう真っ青になっていた。
 どうしたというのだろう。突如氏はいそいそと帰り支度をはじめた。店員を呼んでその場で清算をすませ、荷物をまとめる。無論、ぼくには従う以外ない。
 しかしなぜか立ち上がろうとしない。まるで顔を隠すよう奥を凝視しながら、ときおり入り口のほうを気にしていた。
 ……先ほど怒鳴った女を見ているようだ。


 どうしたというのだろう? その疑問は、15分ほど経ち店から出る段になって分かった。
 先ほどの女がフリードリンクのドリンクバーに立ち、一時、入り口近くの席から離れたときのことだ。氏はあわて気味に店から出ようとして、しかし店員に呼び止められた。会計が15分も前なのだ。食い逃げと勘違いされてもしかたない。
 そして、すでに会計が済んでいると説明している間に、女はジュースを片手に戻ってきてしまった。そのときのこと。

「れ? パパ?」
 氏がそう呼ばれたのだ。
 氏は額に汗をいっぱいかきながら、苦笑して「やあ」と返事した。妙に若々しい笑い方だったのが印象的である。
 ぼくは氏とは親交が深く、お嬢さんの新子ちゃんは顔もよく知っている。お父上そっくりの無骨な面構えで、いくら化粧が厚めとはいえ、こちらのかわいらしい娘さんとは似ても似つかない。

 ふむ。なるほど。なんとなく分かった。
 つまり、彼女はぼくと同種なのだろう。峰岸氏から『援助』を受けている点で。

 しかしそれは過去のものであるらしく。氏が困っているのを見ると、女はすぐに「ばいばい」と手を振った。
 氏にもぼくにもありがたい。円満に別れ、ぼくたちは店を出た。夜の深くなってきた町はいてつくように寒く、ただでさえ失せていた氏の酔いをさらに奪ってくれたようだ。ちがう店へとは言い出されることはなかった。

 ぼくは氏にタクシーを呼び、なんとか8時10分には自由になることに成功した。氏は照れ笑いしながら、「今日のことは家内には内緒で」とのこと。まあ、ぼくにはどうでもいいことだ。それより……。
 これなら間に合う。待っていろ娘よ。


 駅で切符を買うとき、1人目の娘から電話があった。
「アユミか?」
『うん、お父さんいまどこ?』
「いまから帰るところだ。そっちはケーキ買えたかな」
『うんっ。ちぃちゃんの食べたがってたエトランゼのケーキ、ゲットできました』
「よかった。ぼくは9時ごろ家に着くけど、そっちは」
『半には戻れるよ。そっちもなるべく早くね』
「ああ」

 よかった。なんとか9時には家族3人、そろえるようだ。2人目の娘には寂しい思いをさせてしまったが……。

 待ってろチハヤ。

 すぐにお父さんサンタが、プレゼントもって帰るからな。










 ところで。

『ふふふふふ♪』
「? どうしたんだい? いやに楽しそうだけど」
『ふふふっ。あのねお父さん、いまエトランゼで、すごーく素敵な人に会ったの』

 …………なに?

『イイ人だったなぁあのお兄さん。すっごく優しい感じで。聖夜に出会えたのってなにかの運命かも♪』
 な、なんだこの幸せそうな声は。
 ちょっと待ちなさいアユミ。そんな、聖夜だからって騙されちゃいけない。相手がどんな男かはまだ分かってないだろう。

『まいっか。じゃ、お父さん、また家で』
「あっ、ちょっと待ちなさいアユミ! その話よく……」
 プツッ。
 ぐあ……。

 く、常日頃からどうもロマンチストというか、状況に流されやすいところはある子だったが……。聖夜という状況だけで、出会った男にコロッといってしまったらしい。
 大切な娘のひとりを……ええい。




 これだからクリスマスは嫌だ!




≪ 最初に戻る             続く ≫



コメント

 

コメント

 
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

Powered by FC2 Blog

Copyright © 雨が降っても空を見る All Rights Reserved.